試験に出ない判例

判例って、読んでると面白いときがあります。だいたいそういう判例に限って試験には出ないのですが。「平成24年(ネ)第10009号 特許権移転登録手続請求事件」(知財高裁)が中々面白いのがありました。

試験に全く関係ないし、実務的にも重要では無いので、以下興味がある人だけ。

内容

簡単に内容を書くと、まず、控訴人が倒産しそうになります。でも、上手くいってる事業もあるし、それに関する特許も出願している。このままじゃ債権者に差し押さえされちゃう・・・そうだ!他の人に資産を移そう!ということで移したそうです。いわゆる「通謀虚偽表示」です。

で、落ち着いた頃、「移転行為は通謀虚偽表示なので、この移転は無効」という主張をしようと・・・本人が言いだした事例です。
「資産隠しの為に権利を移したに過ぎないから、返してよ」って・・・うーん、ちょっと虫の良い話にも思えなく無いのですが、そんな事例です。

ポイントは、本件特許権の移転だけでなく、事業も移転しています。被控訴人としては「事業を移転されているから、通謀虚偽表示では無い」との主張です。ここで、控訴人と被控訴人の意見の対立があるのです。

裁判所は、以下の様に判断しました。

第1譲渡が,少なくとも控訴人の債権者による差押えを免れることをその目的の1つとするものであって,控訴人及び日清が,この点について認識を共通にしていたことは,いずれも否定し難いところといわなければならない。

まず、通謀虚偽表示自体はあったと認めています。ちなみに第1譲渡は特許を受ける権利の移転(移転当時は特許査定となっていない)のことです。

第1譲渡に当たって,甲社による前記事業の継続という目的と,控訴人の債権者による差押えを免れる目的とは,排斥し合うものではなく,両立し得るものであって,かつ,当該事業の継続は,当該差押えの免脱を必須の前提とするから,当該差押え免脱目的は,第1譲渡に当たって,当該事業継続目的の手段又は副次的な目的であったにすぎず,主たる目的は事業の継続にあったとみるのが相当である。
そうすると,控訴人及び甲社は,第1譲渡に当たって,甲社による上記事業の継続を主たる目的としていた以上,本件特許を受ける権利の帰属を控訴人から甲社に変更するという法律効果を発生させる意思を有していたものと認めることができるから,第1譲渡は,その表示されたとおりの効果意思に欠けるものではなく,これを虚偽の意思表示によってされたものということはできない。

と、控訴人の主張を原審通り退けています。なお、甲社というのは被控訴人側の会社です(ちょっといきさつがあって別会社になっています)
最初のきっかけはどうであれ、結局事業を移転しているのだから、移転に正当性はあると判断しています。

ちなみに、控訴人側は通謀虚偽表示の認識があったので、譲渡についてお金をもらっていない!との主張もしていますが、これも退けられています。

控訴人は,第1譲渡に伴って対価が支払われていないから,当該名義の移転が虚偽表示に当たる旨を主張する。
そこで検討すると,確かに,第1譲渡に伴う対価の有無については,被控訴人の主張によっても不透明な点が残り,あるいは対価の存在を明確に裏付けるに足りる的確な証拠は見当たらない。しかしながら,特許庁審査官は,第1譲渡の直前である平成19年4月18日, D 弁理士に対して本件出願に関する拒絶理由通知書を送達しており(甲23),本件出願について将来において特許査定がされるか否かについては明らかではなかったばかりか,控訴人の倒産処理に当たった E 弁護士も,本件特許を受ける権利に資産価値がなく,控訴人の債権者に公開しなくても問題はないと考えていた(原審証人 E )というのであるから,第1譲渡に当たって,その当時,控訴人と日清との間に明確な対価についての合意がなかったとしても,そのこと自体は,何ら不自然ではなく,また,その程度に認識されていた本件特許を受ける権利であっても,控訴人の事業の継続に必要であると考えられていた以上,これを日清に移転する必要はあったといわなければならない。
よって,第1譲渡に伴って対価が支払われていないことは,これをもって,直ちに第1譲渡が虚偽表示に当たることを基礎付けるものではなく,以上説示した本件においては,原告の上記主張は,採用できない。

すなわち、特許権が成立していない状態の譲渡ですから、どうなるか解らなかったわけです。であれば、対価が支払われていないことに何ら不自然なことは無いでしょうというのが裁判所の判断。

結論としては妥当だと思うのですが、それにしても「あれは差し押さえ逃れにやったことだから、元に戻してよ」って自分から主張するのも、何とも言えないところです。


蛇足ですが、弁理士受験生が答練で「拒絶理由通知書を送達」って書くと、多分採点者からチェックされると思います(まぁ、細かいことですけど)