包袋禁反言について

特許法問題Iの3(1)を踏まえて包袋禁反言について、質問があったので書きたいと思います。今年の問題は、実務的に考えると深い問題が出てる気がします。

問題ですが、必要箇所を抜き出すと以下のようになります。

甲は…明細書に発明a1を記載し、請求の範囲に発明a1の上位概念である「発明A」を記載した…外国語特許出願Xについて特許法の規定にしたがった翻訳文を提出し、適法に国内移行手続を完了した。さらに、甲は、平成24年7月2日、出願審査の請求をすると同時に、発明Aの下位概念である発明a2を明細書に追加する補正(「補正1」という。)をした。
甲は、外国語特許出願Xについて、補正1がいわゆる新規事項の追加に当たるとの拒絶理由通知を受けたので、意見書を提出することなく、補正1により追加した発明a2を削除する補正(「補正2」という。)をした。特許請求の範囲は「発明A」のままで甲が特許権を取得したとき、発明a2を実施している乙に対し、甲は当該特許権を行使できるか述べよ。

整理すると

  特許請求の範囲 明細書
出願時 a1
補正1 a1、a2
補正2 a1
登録 a1

という関係になっています。

このとき、a2について権利行使可能かという問題です。結論から言えば、どちらも主張出来ると思いますが、権利行使可能と考える方が弁理士としては良いかと思います。

ここで、多くの人が気になっているのが「包袋禁反言」−意識的に除外したか?ということです。

包袋禁反言

包袋禁反言とは、「出願経過において出願人がした主張を、権利取得後の訴訟などにおいて翻してはならない」ことを言います。これは「一度言ったことは守れ」という意味です。

この包袋禁反言なのですが、この定義(考え方)で「なるほど」と思ってしまい、「とにかく一度主張したことは絶対!」と考えがちです。しかし包袋禁反言は、実務上は必ず認められるものでは有りません。

包袋禁反言が適用される要件として、例えば「青果物の包装体事件」(大阪地判平成8年9月26日)では、以下のように判示されています(要件がまとまっている判決なのでこれを例にします)。

(1)出願人が特許異議答弁書等、何人も閲覧、謄写、謄本の交付等を請求しうる書類(いわゆる包袋)において特許請求の範囲の意義を限定する等の陳述を行い、
(2)それが特許庁審査官ないし審判官に受け入れられて特許を付与された場合であって、かつ、
(3)右陳述を行わなければ例えば特許異議申立人主張の公知技術(いわゆる引用例)との関係で新規性又は進歩性を欠くとして特許出願につき拒絶査定を受けた可能性が高く、
(4)出願人においてもかかる陳述をする必要性があったものと客観的に認められる場合には、
同じ出願人が特許権者として、右特許権に基づく侵害訴訟において右陳述と矛盾する主張をして特許権の侵害を主張することは、民事法を支配する一般理念としての信義誠実の原則ないし禁反言の原則に照らして許されないと解すべきである。

すなわち、拒絶理由(無効理由)解消のため、特許請求の範囲を意見書等において限定する必要があった事実については認めるという話になります。逆に、特許査定等の影響を及ぼさなかった事項であれば、包袋禁反言の考え方は及ばないということになります。

実際裁判で包袋禁反言が認められるか否かは非常に判断が難しいのです。したがって、例えば自分が鑑定意見書等において侵害判断をする場合に「包袋禁反言を考えれば非侵害なので実施しても大丈夫です」という判断は行いません。
(例えば、東京地判平22年2月26日等でも、包袋禁反言は認められていません。)

本問の検討

では本問の場合はどうでしょうか?ポイントとなる記載は以下の箇所だと思います。

甲は、外国語特許出願Xについて、補正1がいわゆる新規事項の追加に当たるとの拒絶理由通知を受けたので、意見書を提出することなく、補正1により追加した発明a2を削除する補正(「補正2」という。)をした。

まず引例との対比で削除補正をした訳ではありません。更に意見書すら提出していない訳です。すなわち、a2がAに含まれないとは出願人は何ら主張していない訳です。
したがって、訴訟において「a2はAの範囲を明確にするために一度補正したが、新規事項追加と判断された為削除した。しかし、a2はAの下位概念であることは変わらず、技術的範囲に含まれる」と主張することは可能でしょう。そして、この主張は次の設問(2)につながっていくと思われます。

また、仮に意見書において削除するときにうっかり「a2はAとは異なるため、削除します」と書けば、包袋禁反言の適用があるかも知れません。しかし、この場合分けを排除させるため、出題者としてはわざわざ「意見書を提出することなく」と入れているのだと思います(そう考えないと、この一言が余計です)。

と考えると、単純にAの下位概念であるa2は技術的範囲に含まれますし、乙に対して甲は特許権を行使出来ると考えるのが本問においては妥当だと思います。

補足

もし乙の代理人であり、甲から権利行使されれば、当然包袋禁反言の主張をしていきます。主張が認められる可能性が0ではないためです。
したがって、仮に今年の答案で「包袋禁反言を適用して権利行使が出来ない」と書いても、必ずしも間違いではないと思っています。

補足<追加>

乙の立場として70条2項の論点を以下に追記しました[07/13 09:20]

補足2

補正にて削除した部分について包袋禁反言の考えを適用した事例として「摩耗防止用内張板事件」(大阪地判昭60年6月28日)があります。
この場合、要旨変更に関する事例であり、請求の範囲自体が変わっています。また、請求の範囲に削除した内容が下位概念として含まれるかも微妙であったという問題もあります。
本問では請求の範囲Aは変わらず、Aの下位概念にa2も含まれると明確になっていることから、別の話と考えて良いと思います。