先使用権と無効理由

さて、先使用権について受講生からよく次のような質問を受けます。

特許法において、特許権Xの出願前から実施することにより先使用権を有している場合、そもそも公知になっているのだから、特許権Xは無効になるのでは?」

確かにその通りです。しかし、実際の裁判は結論を出すために総てを論じる必要は無いのです。したがって、「先使用権があるから権利行使出来ない」と判断することはあります。

例えば、平成25年01月31日の大阪地方裁判所(平成23(ワ)7407)の事件があります。これは、特許権Xに基づいて製品A(口紅)が侵害となるかが争われた事案です。
侵害者側は、製品Aは、特許権Xの出願前に頒布された実用新案登録出願(考案Y)と同一であり、それの実施品である点を主張します。
すなわち、考案Yを実施して製造したものであるため、先使用権に該当するとの主張をしています(実際していない侵害者乙が、そもそも先使用権者に該当するか否か争っていますが、その点について今回は割愛)。

併せて、考案Yと同一だから、特許権Xには無効理由がある点を主張しています。

裁判所はどう判断しているかというと、製品Aが考案Yの実施品かをまず判断しています。結論として、製品Aは考案Yの実施品であるとしました。これにより、先使用権を有し、権利行使は認められないと結論となっています。

侵害者側は当然無効理由も主張しています。しかし、裁判所は「原告らの請求(侵害者側の差止請求不存在確認)は、主文の限度で理由があるから、これらを認容し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却する」として議論していません。

このように、裁判所としては無効か否かを判断するまでもなく、79条の先使用権に該当するから権利行使を認めないという結論を導けるのです。
なので、先使用の主張も重要ということになります。

これは当然無効の抗弁と、自由技術の抗弁との関係に近いと思います。

蛇足

さて、この事件。背景はかなり複雑です(精査していませんので、概略という感じです。)。

まず、特許権者甲の特許権Xに対して侵害者乙は無効審判を請求します。
理由は上述したように、考案Yに基づいて新規性・進歩性がないというものです(無効2011−800008号)。
これに対して、特許庁は訂正請求を認めた上で「審決棄却」となります。すなわち特許権Xは無効ではないと。
これに侵害者乙は、納得がいかず、審決取消訴訟を起こします。しかし、ここでも棄却となり、無効審決が確定します(平成24年8月28日知財高裁。平成23年(行ケ)10381)。

さて、特許の有効性が認められた特許権者甲。販売を続ける侵害者丙に対して実力行使に出ます。それは販売店に対して「売ってる製品は正規品じゃないのに販売を続けている。このまま販売続けるのであれば、捜査機関への被害届、損害賠償請求を含む司法措置をとるよ」という警告状を送ります。相手はコクミン、マツモトキヨシ等の薬局、ダイエーイトーヨーカドー等のスーパー、ヨドバシカメラ、東京ドームといった取引先にも警告状を送ります。

これに対して侵害者乙は、このような警告をやめるよう、仮処分を求める申立をします。その上で、双方で話し合って、裁判で決着付けようとなった訳です。

特許権者側としては、過去の無効審判・審決取消訴訟において無効になっていない自信があったのでしょう。ただ、今度の訴訟では結果として考案Yの実施品ということで権利行使が認められなかった訳です。

権利行使が認められない上に、取引先に警告を行っていますので、不競法2条1項14号に該当し、特許権者Xに損害賠償が認められてしまっています。すこし、特許権者側がかわいそうな気もしますけど・・・。

この後、控訴されますが、知財高裁でもほぼ同じ結論で認められませんでした(平成25年08月28日知財高裁。平成25(ネ)10018)。先使用権の要件について、何回か争っていますが、多分最高裁には上告出来ないでしょう。

そのような変わった事案ではあります。

なお、侵害者側Yは、再度特許権Xに対して無効審判を請求しているようです(無効2013-800010)。8月末に結審通知が出ています。最終的にどうなるのか?少し気になるところです。