商標の使用をする権利(いわゆる先使用権)について

ご質問がありましたので、お答えします。
これについても、コメントを題材として使ってしまい申し訳ないのですが、多くの受験生に言えることだと思っています(ご質問者がという意図ではありません)

質問について

内容は、先日の「受験生としては関係無いですよ」といった問題(http://d.hatena.ne.jp/baba-p/20130818/p1)についてでした。

以前、別の講師の先生から習った話では、32条の先使用権については、周知性が求められるけれども、4条1項10条のように広い周知性は求められず、市町村程度に知られている程度で足りると習ったのですが。
理由として、
1.甲の商標の継続使用を認めたとしても、甲の商標が狭い範囲で知られている程度であれば、乙との混同は起こらない。
2.甲は、このような事例の場合、不正競争の目的で使用していないため、先使用権の抗弁が成り立つ。
だったと思います。
論文試験でも積極的に書いていくように指導されたのですが、どうなんでしょうか?

多くの受験生が「正解」を求めようとします。論文試験においても同じです。しかし、論文試験では、「正解の答案」ではなく、「点数を取りやすい答案」を書く点に注意すべきです(夏ゼミ・秋ゼミ含めて、講義・ゼミではこの点を意識しています)。

受験生としての回答

例えば、8月18日付けの日記に書いた問題が出題され、継続的使用権を考慮しない場合、受験生としては以下の様に書けば十分です。

よって、甲の使用が、乙の出願時にいわゆる周知性を獲得しているといえる状態であれば、先使用権(32条)を有しており、その旨を主張することができる。
(※:なお、不正競争の目的等の他の要件は記載をしておりません。)

すなわち、目的として「先使用権」を言いたいのであれば、条文の文言にあてはめて回答すれば済むということになります。
受験開始して間もない受験生、時間がなくやることを絞っている受験生ですと、割とこの辺があっさり書けるため、バランスの良い答案になることが多いです。

したがって、コメントに書かれているように、先使用権の項目を積極的に答案であげるのは、試験答案として良いと思います。

実務的な考察(ベテラン受験生)

さて、この辺は実務的に考えるとどうなるでしょうか?
勉強が進んでくると割とこの辺を深く考える受験生が多くなります。

受験生で多いのが、判例の内容を「正解」と考えて、総てそれに帰着させる方がおります。
「これは、判例で○○と判断されているから!」と結論づけてしまうのです。
何かの判例(大体有名判例です)を踏まえてそれが正解と考えてしまう、まさに「判例正解病」です(今、名前作りました)。

例えば、今回の先使用権の問題ですが、周知性の範囲ついては、確かに一定の地理的範囲の需要者に認識されていれば十分です。
しかし、この「需要者に認識されている」という点が実務的には難しいのです。

先使用権の範囲は画一的で判断できません。そもそも商標法では、この傾向は顕著です。
使用している状態によって権利範囲(禁止権の範囲、先使用権の範囲等)は個別具体的に判断されます。
したがって、先使用権として認められるか否かは訴訟次第(主張と裁判官の判断次第)となります。

具体例

最近の判例ですと、平成25年1月24日の大阪地判(平成24年(ワ)第6896号)では、以下の様に判示されています。

前提として、この事件は、被告は大阪府東大阪市で美容室を平成元年12月〜営業を開始しています。平成23年9月30日に登録された商標権に基づいて権利行使をされた事案です。被告は、不正競争の目的無く、平成元年から23年間も使用されています。
また、被告は東大阪市で2店舗有しており、需要者である地元周辺地域の住民にとって,被告の営業表示として広く認識されている点を主張しました。

先使用権(商標法32条)の要件にいう,商標登録出願の際,その商標が自己の業務に係る役務を表示するものとして「需要者の間に広く認識されているとき」については,先使用権に係る商標が未登録の商標でありながら,登録商標に係る商標権の禁止権を排除して日本国内全域でこれを使用することが許されるという,商標権の効力に対する重大な制約をもたらすことに鑑みると,本件においても,単に当該商標を使用した美容室営業の顧客が認識しているというだけでは足りず,少なくとも美容室の商圏となる同一及び隣接する市町村等の一定の地理的範囲の需要者に認識されていることが必要というべきである。

本件において,被告は,被告標章1について特段の広告宣伝活動をしていなくても,被告店舗1を約23年間営業してきた事実をもって,上記周知性が認められると主張する。しかしながら,被告が長年の美容室営業によって固定客を獲得しているとしても,同一及び隣接する市町村等には他の美容室を利用する者も多数存在していると考えられ,これらの者の被告標章1に関する認識は全く明らかでないことからすれば,被告標章1が「需要者の間に広く認識されているとき」に当たるということはできない。
したがって,本件において,被告による被告標章1の使用につき,先使用権は認められない。

として、先使用権を認めていません。

侵害場面においては、審査以上に実務的には画一的に判断することが出来ません。
したがって、「○○だから先使用権を主張できる/出来ない」と判断するのは危険です。

ここで言いたいことは、判例=正解と考え必ずそこに結論を持っていく受験生がいます。
そして更に困るのは、合格後もその考えで実務をしてしまうことです。
そもそも判例というのは前提(事例)ありきです。
そこと切り離して、まるで「正解」のように利用する事は出来ません。

実際、日記に書いた事例でも、単なる商店街の中で店が知られている程度では、先使用権の主張はかなり難しいと思います。
どのような事例であっても、訴訟場面等では判断がかなり変わるという事を押えておいて下さい。

蛇足

ちなみに上記裁判では原告商標に信用が化体していない点、商圏が重なっていない点から損害不発生の抗弁を被告は主張しています。

原告は大阪市の美容院でやはり2店舗営業しています。
一番近い店舗同士でも、およそ10km離れており、大都市圏であること、美容室は多くあることを考えると、現実的には商圏が重なっていないとも考えられます。

しかし、「原告又は原告子会社の店舗は大阪市,被告の店舗は東大阪市に所在するところ,美容室の商圏は同一市町村に限られずその隣接市町村等にも及ぶことからすれば,その商圏が重なっていないともいえない。」と判断され認められていません。

損害不発生抗弁も受験生は好きな論点ですが、必ずしも認められる主張では有りません。
答案では、条文に忠実にそって考える方が重要だと思います。
書けば加点事項くらいのイメージでちょうど良いと思います。

結論

受験生としては、「条文に忠実」に、凝った答案を書く場合でも青本記載のキーワードをちりばめる位が、論文試験では点数を取るポイントとなります。
仮に判例の内容を書くのであれば「加点事項かな」という軽い気持ちを持って記載し、「これが正解だ!」と考え無い方がよろしいかと思います。

なお、判例の知識が問われている場合もありますが、それ以前に重要なことは条文の理解です。
勉強の優先順位としては条文が最優先です。

この勉強が終わっていないのに、判例等に流れる人がいます(受験機関に原因もあるかと思いますが・・・)。

まず条文の知識をしっかり身につけるようにして下さい。


なお、自分が講義する上で判例を必要以上に重視しない理由は、条文をまず大切にして欲しいからです。