薬剤分包用ロールペーパ事件

今日は、今年の判例から一つ。
判例にしては短いですし、気分転換に読むのにはちょうど良い事件です。論点的にも面白い判例です。かなり長くなりますが、紹介しておきます。
なお、端折っているので、少し伝わりにくいかも知れません。気になる方は最後に記載している裁判所のURLから原文をお読み下さい。

原告は病院関係の製品を製造・販売している会社です。その中で薬を包む機械に錠剤分包機や、粉薬を包むための全自動散薬分包機を製造しています。ちなみに、原告の会社のWEBによれば、

散薬(粉薬)は製薬会社があらかじめ1回分ずつ袋に分けて包装(分包)してあるものもありますが、病院や薬局で1回分ずつを分包することも多くあります。
全自動散薬分包機はそんな散薬を自動で服用単位・処方日数ごとに分包する機械のことです。
グラシン紙(乳白色)やセロポリ紙(透明)などの包装紙で分包された粉薬を病院や薬局でもらったことはありませんか?
これらの医療機関で自在に分包できれば、例えば、風邪薬と胃薬を1包に混ぜて包装する事も可能です。
患者様のコンプライアンス(キチンとお薬を飲んでいただくこと)を高めることに貢献できます。
引用元:http://www.yuyama.co.jp/product/powder_gaiyou.html#1

という装置だそうです。
このとき、薬を包むのに使用する分包紙を巻き付けている「薬剤分包用ロールペーパ」について、原告は特許権を有しています。

簡単に言うと、この薬剤分包用ロールペーパは、トイレットペーパと同様に芯に薬剤を包む紙が巻かれている製品です。
さて、被告は、この芯を回収し、新しく薬剤分包紙を巻き付けて再販売していました。そこで、原告に権利行使をされたという事案です。

本事件では、争点が以下の通りとなります。

(1)被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属するか (争点1)
(2)原告が被告製品につき本件特許権を行使することの可否(特許権消尽の成否)
  ア 原告製品の芯管に関する譲渡の有無等 (争点2−1)
  イ 被告製品と原告製品の同一性 (争点2−2)
(3)原告が被告製品につき本件各商標権を行使することの可否(商標権消尽の成否) (争点3)
(4)損害額等 (争点4)

争点1と争点4については、受験生としてはあまり関係の無いところです。試験で問われるのは争点2と、争点3になりますので、そこを説明します。

特許権の消尽について

まず被告は特許権の消尽を主張します。
「原告製品が芯管を含め譲渡されており,被告製品は原告製品の使用済み芯管をそのままの状態で再利用したものであるから,被告製品について本件特許権は消尽している」という理由です。
これに対して、裁判所は消尽を認めません。

(1)特許権の消尽
特許権者又は実施権者が我が国の国内において特許製品を譲渡した場合には,当該特許製品については特許権はその目的を達成したものとして消尽し,もはや特許権の効力は,当該特許製品を使用し,譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばない(最高裁判所平成9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁参照)。

まず、受験生はしつこく言われていると思いますが、規範を書きます。判例もしっかり規範から入ります。まず、特許権の消尽とはこういうものですよと規範を示します。それから当てはめをします。
結果として消尽は認めません。簡単に言うと芯菅を、原告が使用後に回収しているのです。したがって、そもそも芯を譲渡していないという主張を原告はします。そして芯菅の回収率がかなり良いことから、裁判所はその主張を認めています。

前記(2)のとおり,原告は,原告装置を販売する際に,顧客との間で,原告製品の芯管について無償で貸与するものであり,その所有権を原告に留保する旨の合意をしていること,原告製品自体やその梱包材,広告等においても芯管の所有権が原告にあることを明記していることが認められる。また,実際に,最近3年間で約97%もの原告製品の芯管を回収していることから,最終的な顧客である病院や薬局だけでなく,卸売業者も含め,これらの表示を十分に認識していることが認められる。
これらのことからすれば,原告が,顧客に対し,原告製品の分包紙を譲渡したことは認められるものの,原告製品の芯管を譲渡しているとまでは認めがたいというべきである(略)。
そうすると,原告製品のうち分包紙は顧客の下で費消されており,この部分について本件特許権の消尽は問題とならないし,芯管については消尽の前提を欠いているから,この点に関する被告の主張には理由がない。

特許製品との同一性について

次に特許製品との同一性の検討を行っています。「インクタンク事件」の論理です。

原告製品の芯管に関する譲渡の成否にかかわらず,次のとおり,被告製品と原告製品の同一性を認めることはできないから,被告製品について本件特許権の消尽を認めることはできない。
(1) 特許製品の新たな製造
特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは,特許権者は,その特許製品について,特許権を行使することが許される。
特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされた場合において,当該加工等が特許製品の新たな製造に当たるとして特許権者がその特許製品につき特許権を行使することが許されるといえるかどうかについては,当該特許製品の属性,特許発明の内容,加工及び部材の交換の態様のほか,取引の実情等も総合考慮して判断すべきである
最高裁判所平成19年11月8日第一小法廷判決・民集61巻8号2989頁)。

そのまま論文試験で使える規範です。そして、そもそも需要者が使用済みの芯管に分包紙を自ら巻き直す等して再利用することができず、芯菅自体には価値が無いとしています。しかし、芯菅の部分が同一であったとしても、分包紙がの部分が異なる製品については、社会的、経済的見地からみて、同一性を有する製品ではないと判断しています。

使用済みの原告製品の芯管に分包紙を巻き直して製品化する行為は,製品としての本来の効用を終えた原告製品について,製品の主要な部材を交換し,新たに製品化する行為であって,そのような行為を顧客(製品の使用者)が実施することもできない上,そのようにして製品化された被告製品は,社会的,経済的見地からみて,原告製品と同一性を有するともいいがたい。これらのことからすると,被告製品は,加工前の原告製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認めるのが相当である。被告製品を製品化する行為が本件特許発明の実施(生産)に当たる旨の原告の主張には理由がある。

このように、特許発明の実施に該当すると結論づけています。

商標権の消尽

さて、ここで元々原告の芯菅に被告が分包紙を巻き直して販売しています。そうすると、芯菅には原告の商標が元々付されています。これについて、商標権の侵害が争われています。「新たに商標を付していないのでは?」と考えることもできますが・・・

前記のとおり,原告製品及び被告製品は,いずれも病院や薬局等で医薬品の分包に用いられることから高度の品質が要求されるものであり,厳重な品質管理の下で,芯管に分包紙を巻き付けて製造されるものである。顧客にとって,上記製品に占める分包紙の部分の品質は最大の関心事であることが窺える(なお,前記3(2)のとおり,需要者である病院や薬局等が使用済みの芯管に分包紙を自ら巻き直すなどして再利用することもできない。)。
そうすると,分包紙及びその加工の主体が異なる場合には,品質において同一性のある商品であるとはいいがたいから,このような原告製品との同一性を欠く被告製品について本件各登録商標を付して販売する被告の行為は,原告の本件各商標権(専用使用権)を侵害するものというべきである。
実質的にみても,購入者の認識にかかわらず,被告製品の出所が原告ではない以上,これに本件各登録商標を付したまま販売する行為は,その出所表示機能を害するものである。また,被告製品については原告が責任を負うことができないにもかかわらず,これに本件登録商標が付されていると,その品質表示機能をも害することになる。
これらのことからすると,原告は被告製品につき本件各商標権を行使することができるものと解するのが相当である。

侵害となってしまいました。
いつも言うように、商標は「出所表示機能」「品質・質保証機能」が極めて大切です(あとは自他商品等識別機能)。したがって、これらの機能が害されるのであれば、商標権侵害になるというのが一つの判断基準です。

なお、近時の判例では「品質表示機能」という言葉がよく見られます。しかし、受験生の答案には記載しない方がよろしいかと思います(あくまで裁判官が記載している言葉です)。


このように、特許権の消尽、インクタンク事件、商標権の消尽と受験生でも割とメジャーな論点が一気に登場している判例です。「あの判例って、実際にはこんな風に適用するのか」と理解して頂けると幸いです。
もっといえば、「自分も弁理士になって、こんな主張をしてみたい」というモチベーションの向上になって頂ければよろしいかとおもい、記載しています。

参考:裁判所のPDF