特許請求の範囲のサポート要件

上位概念と下位概念について質問がありましたので、お答えします。

特許請求の範囲に記載されているのは通常上位概念です。
それに対して、下位概念の技術が総て含まれるか?というのは非常に難しい判断となります。
本試験の問題や、受験機関の教材は当然単純化されているので、その辺の感覚がつかめません。
ただ、実務上はかなり気をつけないといけません。
リパーゼ事件を考えると、「特許請求の範囲に基づいて決めなければいけない」と思いがちです。
しかし、これは審査時の場面であり、権利行使時については、明細書の記載まで参酌される事が多いのです。

したがって、無理に特許請求の範囲を上位概念化してしまうと、審査時には特許請求の範囲の記載にしたがって審査がされるが、権利行使時には明細書レベルで限定解釈されるおそれがあります。

原則は70条1項+70条2項。そして、特許法の趣旨から鑑みれば、36条4項により実施形態でのサポートが必要であると理解しておけば良いと思います。

以下、詳しく記載しますが、実務的な話(受験生レベルではあまり気にしなくて良い話)になります(逆に、事務所等で明細書を作る場合は気にする必要があります。)

事例

事例として、あり得ないですが以下の様な特許請求の範囲を考えます。

【請求項1】
記録媒体に立体画像を出力可能な画像形成装置。

この場合、明細書には以下の内容が記載してあります。

  • 従来は、レーザ方式で出力されるデジタル複合機等において通常、記録用紙に印刷されるものは平面図形である。
  • 記録用紙に、トナーを重ねて付着させることにより、最大で5mmの凸状の印刷が行える。
  • これにより、例えば地形図を印刷すると高低差を表現することが出来る。

このとき、本願発明の技術的範囲は何処まで含まれるか?という問題があります。
原則は特許法70条第1項で技術的範囲は特許請求の範囲に従って決まります。
これが特許における一番広い権利範囲です。
したがって、特許請求の範囲だけ見ると以下の製品が全部含まれます。

(1)記録用紙に印刷するレーザプリンタ
(2)記録用紙にインクを付着させるインクジェットプリンタ。
(3)記録用紙に感熱方式で印刷するサーマルプリンタ。
(4)DVD-Rに立体画像を出力するコンピュータ。
(5)SDカードに撮影された画像から形成された立体画像を記録するデジタルカメラ

さて、それぞれ権利行使出来るでしょうか?

(4)(5)について

(4)(5)については、特許権を行使するのはかなり厳しいというのは解ると思います。
これは、特許法36条4項により、特許請求の範囲の記載は明細書でサポートする必要があるからです。
明細書で記載されている範囲を超えて、特許請求の範囲に基づいて権利行使することは許されません。

(1)について

(1)は、特許請求の範囲に含まれていますし、明細書のサポートもあります。従って当然権利行使可能です。

(3)について

(3)については、特許請求の範囲に含まれ、明細書の記載は一例ですから、権利行使可能と考えるかも知れません。
しかし、感熱式は熱を加えて色を出してることから、何かを付着させている訳では有りません(リボンを用いる場合もありますがレジのレシートみたいのを想定して下さい)。
そうすると、感熱方式にもかかわらず立体印刷をしようとすると他の工夫をするはずです。
したがって、技術的範囲には含まれないでしょう。

(2)について

権利者側としては、「明細書の記載は一例である」と主張し、技術的範囲に含まれると主張するでしょう。
画像形成装置の一例がレーザであり、レーザプリンタだからトナーを用いているに過ぎません。
したがって、インクジェットであれば、トナーの代わりにインクを使うのは当然という主張です。
侵害者側は、明細書の記載にはレーザプリンタしか記載が無いため、当然インクジェットまで開示されている訳ではないと主張します。
したがって、技術的範囲には含まれないという結論です。

まとめ

このように、実務的には、(2)のように疑義が生じる場合があります(疑義が生じる=どちらの解釈もできる)。
そうであれば、最初からインクジェットにも適用可能であれば、その旨を記載をしておけば良いだけです。
実務として下位概念を全部書くことは適切ではありませんが、想定出来る実施形態はある程度開示していく必要はあります。

判例

この点判例で示されているのに、例えば、平成18年(ネ)第10007号「ゲームボーイアドバンス事件」(平成18年09月28日:知財高裁)があります(リパーゼ事件の後です)。参考に判決文を以下に引用します。

(1)特許法70条1項は,「特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」,同条2項は,「前項の場合においては,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と規定しているところ,元来,特許発明の技術的範囲は,同条1項に従い,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定められなければならないが,その記載の意味内容をより具体的に正確に判断する資料として明細書の記載及び図面にされている発明の構成及び作用効果を考慮することは,なんら差し支えないものと解されていたのであり(最高裁昭和50年5月27日第三小法廷判決・判時781号69頁参照),平成6年法律第116号により追加された特許法70条2項は,その当然のことを明確にしたものと解すべきである。

ところで,特許明細書の用語,文章については,?明細書の技術用語は,学術用語を用いること,?用語は,その有する普通の意味で使用し,かつ,明細書全体を通じて統一して使用すること,?特定の意味で使用しようとする場合には,その意味を定義して使用すること,?特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とは矛盾してはならず,字句は統一して使用することが必要であるところ(特許法施行規則様式29〔備考〕7,8,14イ),明細書の用語が常に学術用語であるとは限らず,その有する普通の意味で使用されているとも限らないから,特許発明の技術的範囲の解釈に当たり,特許請求の範囲の用語,文章を理解し,正しく技術的意義を把握するためには,明細書の発明の詳細な説明の記載等を検討せざるを得ないものである。
また,特許権侵害訴訟において,相手方物件が当該特許発明の技術的範囲に属するか否かを考察するに当たって,当該特許発明が有効なものとして成立している以上,その特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明の記載との関係で特許法36条のいわゆるサポート要件あるいは実施可能要件を満たしているものとされているのであるから,発明の詳細な説明の記載等を考慮して,特許請求の範囲の解釈をせざるを得ないものである。

そうすると,当該特許発明の特許請求の範囲の文言が一義的に明確なものであるか否かにかかわらず,願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきものと解するのが相当である。

(2) 控訴人は,従来技術から明確になる事柄については,発明の詳細な説明の記載等により限定して解釈すべきではないとし,本件特許発明において,その特許請求の範囲は,従来技術を考慮すれば,当業者にとって,一義的に明確なものであるから,何ら限定解釈を加える理由はないのであって,本件特許発明の技術的範囲を限定的に解釈した上で,被控訴人製品が本件特許発明の構成要件を充足しないとした原判決の認定判断は誤りであると主張する。

しかし,上記のとおり,特許権侵害訴訟においては,特許請求の範囲の文言が一義的に明確であるか否かを問わず,発明の詳細な説明の記載等を考慮して特許請求の範囲の解釈をすべきものであるから,従来技術から明確になる事柄について,それ以上発明の詳細な説明の記載等から限定して解釈すべきではないとする控訴人の主張は,そもそも,誤りである。

我が国の特許制度は,産業政策上の見地から,自己の発明を公開して社会における産業の発達に寄与した者に対し,その公開の代償として,当該発明を一定期間独占的,排他的に実施する権利(特許権)を付与してこれを保護することにしつつ,同時に,そのことにより当該発明を公開した発明者と第三者との間の利害の調和を図ることにしているものと解される(最高裁平成11年4月16日第二小法廷判決・民集53巻4号627頁参照)。本件原出願(昭和59年10月2日出願)に適用される昭和60年法律第41号による改正前の特許法36条4項が「第2項第3号の発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。」(いわゆる実施可能要件),同条5項が「第2項第4号の特許請求の範囲には,発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。ただし,その発明の実施態様を併せて記載することを妨げない。」(いわゆるサポート要件)と定めているのも,発明の詳細な説明の記載要件という場面における,特許制度の上記趣旨の具体化であるということができる。したがって,特許請求の範囲の記載に基づく特許発明の技術的範囲の解釈に当たって,何よりも考慮されるべきであるのは,公開された明細書の発明の詳細な説明の記載等であって,これに開示されていない従来技術は発明の詳細な説明の記載等に勝るものではない。

仮に,控訴人主張のとおり,特許発明の技術的範囲の解釈において,従来技術から明確になる事柄については,それ以上発明の詳細な説明の記載等により限定して解釈すべきではないとすることが許されるならば,発明の詳細な説明の記載等とは無関係に,特許請求の範囲の解釈の名の下に,随意に新たな技術を当該発明として取り込むことにもなりかねず,このような結果が,上記発明の公開の趣旨に反することは明らかである。

(3)以上のとおり,特許発明の技術的範囲の解釈に当たって,一義的に明確なものであれば,発明の詳細な説明の記載等により限定して解釈すべきではないとする控訴人の主張は,独自の議論であって,採用し得ないものというべきである。

補足

例えば、更に以下の様な製品について。

(6)記録用紙に印刷し、20mm程度の凸状の印刷が行えるレーザプリンタ
(7)記録用紙に印刷し、地形図ではなく広告・看板を印刷するレーザプリンタ

(6)は、本願発明の内容では5mm迄しか実現出来なく、20mmにすることに特別な課題を解決する手段があるのであれば権利範囲から外れるでしょう。(7)はそれこそ明細書には一例で記載している適用例ですから、他の用途で使っているという主張では権利回避をすることは出来ないでしょう。